大雑把に言えば、民主党は消えた年金問題で支持を集め、消費税増税でそれを手放した。政権選択の最も重要な争点は、憲法でも原発でも安全保障でもなく、常に景気・経済・社会保障、つまり「お金」の問題である。野党時代の自民党はそのことを十分に理解したうえで、民主党政権打倒の戦略を練った。その成果が「アベノミクス」である。
「アベノミクス」は金融緩和と財政支出で経済指標を好転させた。伝統的な保守政権がお金を使わない「小さな政府」「緊縮財政」を志向するのに対して、安倍政権はお金をどんどん放出する「反緊縮」の政策を打ち出した。安倍晋三は、「保守」と目される政治家だが、経済政策は「反緊縮」を選んで高い支持を得た。選挙の度に「経済」を前面に出して票を集め、選挙が終わると安保法制や共謀罪に取り組むのは、対抗勢力からみれば「狡い」ということになるのかもしれないが、野党時代の研究成果を踏まえた「巧い」成功法則なのだ。
世界的には、イギリス労働党のコービンや、フランス社会党のメランション、アメリカ民主党のサンダースといった〈左派〉の政治家が「反緊縮」を訴えて労働者階級や若年層の支持を集めている。日本では、これに相当する「反緊縮の〈左派〉」勢力がどうにも弱い。ましてや安倍政権を批判したいがために、「反・反緊縮」つまり「緊縮」の側に立って論陣を張ってしまったら野党は二度と政権復帰できないだろう。憲法や原発もいいが、何より有権者にとって優先度の高い「経済」で幅広い支持を集める旗が必要で、それは「反緊縮」に他ならない。これが本書の提言の概要である。
本書ではほとんど触れられていないが、例えば立憲民主党の枝野幸男は、かつて(まさに)「反・反緊縮」の論陣を張っていたが、近年、立場を変えた。世界の〈左派〉の潮流に学んでのことだろう。政府支出を必要とする階層の支持を基盤に「下からの民主主義」を訴えるのであれば、「反緊縮」サイドから「アベノミクス」の弱点を指摘する必要がある。「右派に民衆の胃袋を握らせてはいけない」。本書はその絶好の指南書だ。
そろそろ左派は〈経済〉を語ろう
ブレイディみかこ 松尾匡 北田暁 著
亜紀書房
本体1,700円
野上由人