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2019年07月23日

しき

高橋弘希の「送り火」が受賞した第159回芥川賞。選考会の最初の投票で受賞作に次ぐ票を得たのが本作である。著者は1983年、東京生まれ。2016年に文藝賞受賞作「青が破れる」でデビューした新鋭だ。

芥川賞の選評で、この作品を「一番推した」と明らかにしたのは奥泉光である。「平凡な人たちを平凡なまま輝かせることは、近代以降の小説のひとつの課題であるが、その課題に応えうる方法の可能性を自分は感じた」と、その技法を称賛している。他に、島田雅彦、堀江敏幸、吉田修一が特に高く評価していて、例えば島田は、「青春群像をチャーミングな表現で描き出したところに本作の価値がある」とし、堀江は「十六歳の若者たちの悩みどころをうまく拾いあげ、ツッコミを入れる正確な間と箴言めいたコメントの切れ味。全篇にただようユーモアと結末の微妙な脱力感が、この作品を前向きなものにしている」と評す。青春小説の名手である吉田修一は、「昨今のエアバッグとか自動ブレーキではないが、ぶつかりたくてもどうしてもぶつかれない現代の若者の距離感が、説明的ではなく見事に描かれている」としたうえで、「この若者たちの間にあるエアバッグの中身を教えてほしい」と次作への期待を表明した。

「青が破れる」ではボクシング、今作ではダンスを用いて「身体」を常に視野に入れながら、まるで自分のイメージ通りには体が動かないこと、つまり「うまくできない」ことと重ねるように、この世界の複雑さ、手の届かなさ、ままならなさを言葉にしていくような作風だ。身体運動も練習を繰り返せば「うまくできる」ようになることがある(もちろん、いくら練習したって「できない」こともたくさんある)。同様に、言語表現にも積み重ねが必要で、そうかんたんには言葉にならないことがたくさんある。しかし、小説家はそれを言葉にしてみせる。読後に「確かにこの感覚を言葉にするには、本1冊分の分量が必要だ」と思わせ、そして巧みに言語化された事実に読み手もまた達成感を得る。文学の存在意義を再確認する読書体験である。

しき
町屋良平 著
河出書房新社
本体1,400円

野上由人

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