言葉の展望台 | NICリテールズ株式会社
NIC RETAILS
2022年08月29日

言葉の展望台

大学生になって、大学教授など「研究者」とよばれる人の話を直接聞く機会を得ると、同じ「先生」でも高校までの教師とは異なり、あらゆる事象がその先生の学術的な知識体系に取り込まれていくような、ある特定の分野を探究する人に特有の(大学の外ではあまり出会うことのない)視野のありかたに触れ、最初は少し驚く。それは例えば昨夜のテレビの話も、さっき食べたランチも、今日の服装も、文学や経済学や心理学や生物学といった知識体系に吸収されて解釈され、雑談と思われた内容が専門の思考枠組を学ぶエピソードになり、その調子で日々のあらゆる出来事が体系的に把握され理解される様に、なるほど専門家とはこういうものかと感心する、そういう経験が多かれ少なかれあるだろう。

本書は、言語哲学の研究者が、文芸誌『群像』に書いた文章を書籍化したもの。日常的に触れる言葉やコミュニケーションを題材にして、それを言語哲学の分析枠組に照らしながら解釈していく内容だが、大学で研究者の話を聞くときと同じように、雑談と思われた内容が哲学を学ぶ入口になり、まるでエッセイを読むような感覚で、一般には難解とされる言語哲学のおもしろさに触れられる入門書になっている。

また、なぜ哲学を学ぶのか、哲学を通じて何を解明しようとしているのか、もちろん学者個人によってその動機は異なるだろうが、本書では、著者個人の動機、関心、学ばずにはいられない理由が真摯に語られているので、読者は、哲学の、あるいはもっと広く学問の必要性を、実感をもって共有しながら、読み進むことになる。この、読者をいっしょに連れていく力こそ、本書の特筆すべき点だろう。

著者は、言葉の使われ方やコミュニケーションの中に、力関係、権力関係を見いだし、その構造を解き明かそうとする。誰しも自分の言葉が、誰かを傷つけたり、抑圧したり、何かしらの暴力や強制に加担していないだろうかと心配になる。それを客観的に分析する方法論の蓄積があることを示唆し、解像度を上げるとはどういうことかを実例をもって教えてくれる。哲学の実用性をよく伝える本である。

言葉の展望台
三木那由他
講談社

商品部
野上 由人

Pick Up

おすすめアイテム